製造業の法人営業 — 設計と購買の二段関門を越える商流の攻め方
製造業に売る営業の多くは、購買のテーブルで価格に削られて負ける。だが本当の敗因はその手前にある。設計と購買という二段の関門のうち、設計に食い込めなかった時点で、購買では相見積の当て馬にされるだけだ。商流はOEM→Tier1→Tier2と階層化し、系列の粘着性と商社の介在が新規参入を阻む。さらに需要はEV/GXシフト・サプライチェーン再編・関税・素材市況・CO2削減要請という五つの震源で地面ごと揺れ続け、その最新は政権で変わり四半期で動く。本稿は、この業界固有の商流・二段関門・外部ドライバーを具体で描き、自動車・電機・素材で構造も設計トレンドも別物であるこの業界を常時・最新で読み続ける負荷——だから担当業界特化の常時稼働インテリジェンスが要る、へ着地する。
製造業に売る営業の多くは、購買・調達部門のテーブルで負ける。だが本当の敗因は、その手前にある。製造業の購買は「技術承認(設計・開発)」と「価格交渉(購買・調達)」という二段の関門に分かれており、設計の要求仕様が固まる前に食い込めなかったサプライヤーは、購買フェーズでは相見積もりの当て馬、つまりコストダウンの出汁にされるだけだ。しかも商流はOEM→Tier1→Tier2→Tier3と階層化し、系列の粘着性と商社の介在が新規参入を阻む。国内10自動車メーカーのサプライチェーン企業総数は推計6万8485社(帝国データバンク, 2024)という厚みのなかで、誰に売れば「買い手」に届くのかを見立てる力がまず問われる。さらに需要は、EV/GXシフト、サプライチェーン再編、関税・素材市況、為替、CO2削減要請という五つの震源で地面ごと揺れ続ける。これらは一度学べば終わりではなく、政権で変わり、四半期で動き、年々強まる。本稿は、汎用の営業論ではなく、製造業固有の①商流とキープレイヤー、②設計と購買の二段関門、③外部ドライバーを具体で描き、「設計に食い込む前に負ける営業」の正体を解く。そして、自動車・電機・素材・産業機械で構造も設計トレンドも別物であるこの業界を、担当セグメントごとに常時・最新で読み続ける負荷——それを一人で背負うのは不可能であり、だからこそ網羅はAI・検証と翻訳は人という二層分業を担当業界に特化して常時稼働させる機能、すなわち自社専用のバーチャル・シンクタンクが要る、という結論へ自然に着地する。
製造業の商流とキープレイヤー — 誰に売れば「買い手」に届くのか
製造業に売るとき、最初に間違えるのは「目の前の相手が買い手だ」という思い込みだ。自動車を例にとると、商流はOEM(完成車メーカー)を頂点に、Tier1(一次部品メーカー)、Tier2、Tier3へと階層化している。国内10自動車メーカーのサプライチェーン企業総数は2024年11月時点で推計6万8485社にのぼり、トヨタ1社だけでもTier1が2306社、Tier2が2万2334社、Tier3以降が1万6040社と推計される(帝国データバンク, 2024)。階層のどこに立つかで、誰に売り、誰の都合に縛られ、どの価格交渉力を持つかが、まるごと変わる。OEMに直接売る営業と、Tier1の調達部に売る営業は、同じ「製造業向け」でも別の競技だと考えたほうがいい。
しかもこの階層には、力の偏りがはっきりある。自動車サプライチェーン企業のうち売上高10億円未満の企業が76.5%を占め、裾野の中小企業が産業を支える構造になっている(帝国データバンク, 2024)。コスト上昇局面では、その圧力が下位Tierへ押し下げられる。帝国データバンクが自動車サプライチェーン企業約1500社を分析した調査では、価格転嫁が「全くできず/するつもりはない」企業が約1割(11.9%)にのぼり、転嫁できた割合は「2割未満」が最多で23.2%だった(帝国データバンク(TDB REPORT), 2024)。商流の「上」に売るのか「下」に売るのかで、相手の懐事情も、提案が通る論理もまったく逆になる。
トヨタ1社のサプライチェーン企業数は推計4万680社(Tier1: 2306社、Tier2: 2万2334社、Tier3以降: 1万6040社)。商流のどの階層に立つかで「買い手」も力関係も変わる(帝国データバンク, 2024)。
系列の残存と、商社という結節点
さらに製造業の商流には、系列の残存と商社の介在という二つの厚みが重なる。完成車メーカーを中心とした系列取引は、グローバル化と再編でかなり薄まったとはいえ、既存サプライヤーの粘着性として今も生きている。新規参入の営業が「より良い・より安い」を持ち込んでも、長年の取引実績・品質履歴・共同開発の経緯が壁になり、置き換わらない。素材や電子部品では、ここに商社が結節点として入る。国内の半導体・電子部品商社は二次・三次商社を含めると多数存在し、日本は世界的に見て半導体の直販比率が低く、多層のサプライチェーン構造を持つとされる(電気・電子・機械のM&A(electro-ma.com), 2024)。鉄鋼でも、高炉メーカーから直接仕入れる一次商社と、そこから中小製造業へ供給する二次商社の二層構造があり、商社を飛ばして売る道は限られる(KOTORA JOURNAL, 2024)。
「担当者に気に入られた」だけでは足りない。その担当者が商流のどの階層に立ち、上下のどちらに首根っこを押さえられ、どの商社の在庫の力学に縛られているか——それを読めない提案は、決裁の直前で必ず誰かに止められる。
つまり製造業向けの営業設計は、「誰に売るか」の前に「自社の買い手は本当に誰か」を商流のなかで特定するところから始まる。OEMの設計に食い込むのか、Tier1の調達に入るのか、商社経由で末端の加工業者に届けるのか。この見立てを外すと、どれだけ熱心に通っても、力のない相手に時間を溶かすことになる。
購買意思決定の構造 — 設計と購買、二段の関門と拒否権
製造業の購買が他業界と決定的に違うのは、意思決定が「二段の関門」に分かれている点だ。第一の関門は技術承認——設計・開発部門が、その部品・材料・装置を自社製品に「使えるか」を判定する。第二の関門は価格交渉——購買・調達部門が、コスト・納期・供給安定性を詰める。この二つは部門が分離しており、片方を口説いても、もう片方が拒否権を握る。設計が「技術的にこれでいく」と決めても、購買が値段で蹴ることがある。逆に、購買がいくら安さに惚れても、設計が品質要件で承認しなければ、検討のテーブルにすら載らない。
この二段関門は、製造業特有というより、製造業で特に鋭く出る構造だ。BtoBの大型購買では意思決定に複数部門(2〜4部門)が関与するのが一般的で、検討期間も数か月から半年以上に及ぶことが多く、長期検討が常態化している。製造業では、ここに設計の評価・試作・量産可否判定といった技術工程が乗るため、リードタイムはさらに伸びる。営業が「決裁者は誰ですか」と一人を探しても、答えは「設計と購買の両方、それも複数部門」なのだ。
BtoBの大型購買では意思決定に複数部門(2〜4部門)が関与し、検討期間も数か月から半年以上に及ぶことが多い。製造業では設計の試作・量産可否判定が加わり、さらに長期化する。
設計に採用されないと、購買では「相見積の出汁」にされる
ここに製造業営業の最大の急所がある。設計段階で「これを前提に作る」と仕様に組み込まれること——いわゆるデザインイン・spec-in——を勝ち取れなければ、購買フェーズではコストダウン要求の対象、つまり相見積もりの当て馬にされる。設計に食い込んだサプライヤーは、図面や評価データに自社の前提が埋め込まれているため、置き換えコストが高く、既存サプライヤーの粘着性が働く。一方、設計に入れなかった後発は、購買のテーブルで「同等品をいくら安く出せるか」だけを問われ、価格でしか戦えない。設計と購買、どちらの関門を先に越えるかで、勝負のルールそのものが変わるのだ。
買い手の側も、会う前にかなり進んでいる。BtoB大型購買では、買い手は営業に接触する前に検討の多く——課題の明確化を含めて——を済ませている。製造業に置き換えれば、設計部門が要求仕様を固め始めた頃には、すでに既存サプライヤーや先行ベンダーの提案が暗黙の前提になっていることが多い。営業が購買フェーズで初めて登場したときには、ゲームはおおむね終わっている。
『設計に食い込む』前に負ける営業の正体は、これだ——購買のテーブルに出てきた時点で、勝者はもう設計図のなかに書き込まれている。価格を下げて挑む後発は、相手の値引き材料として消費されるだけで終わる。
だからこそ、製造業向けの営業は「誰が拒否権を持つか」を二重に読む必要がある。設計の拒否権(技術要件・品質基準・評価データ)と、購買の拒否権(コスト・供給安定性・既存取引)。そして勝ち筋は、購買で安さを競う前に、設計の要求仕様が固まる前段で技術的具体性を持って食い込むことにある。これは熱意や足繁さでは届かない。相手の設計部門が今どの技術トレンドを追い、何を要件化しようとしているかを、こちらが先に読めているかどうかで決まる。
需要を動かす外部ドライバー — EV/GXシフト・サプライチェーン再編・市況
製造業の需要は、営業努力の手前で、いくつもの外部ドライバーによって地面ごと揺らされている。震源を読めない営業は、努力の向きを間違える。最大の震源はEV/GXシフトだ。世界のEV販売は2025年に2000万台を超え、新車販売の約4分の1(25%)を占めた(IEA Global EV Outlook 2026, 2026、海外データ)。地域差は大きく、2025年のEV販売シェアは中国約55%、欧州28%に対し米国は約10%未満(IEA, 2026、海外データ)。世界のバッテリーセル生産は2025年に中国が80%超を担うとされ(IEA, 2026、海外データ)、サプライチェーンの重心が移動している。これらは海外の数値で日本にそのまま当てはめるものではないが、内燃機関を前提に組まれた部品の系列が、電動化で丸ごと組み替わりつつある事実は重い。エンジン部品で築いた地位が、EVでは需要そのものを失う領域がある。
政策の震源も無視できない。日本政府は2035年までに乗用車の新車販売で電動車(BEV・PHEV・HEV・FCEV)100%を目標とし、CEV補助金のEV上限額を130万円に引き上げた(経済産業省・資源エネルギー庁, 2025)。GX戦略では10年間で官民合計150兆円超の投資を目指し、政府は約20兆円規模のGX経済移行債を発行している(内閣官房GX推進室・経済産業省, 2023)。半導体では、2030年度までの7年間で10兆円以上の支援を実施する方針が示され(経済産業省 商務情報政策局, 2024)、TSMC熊本第2工場(JASM)への日本政府の最大助成額は7320億円、ラピダスへの政府支援累計は2027年度までに約2.9兆円に達する見込みだ(日本経済新聞, 2025)。どの政策がどの地域に・どの産業に資金を落とすかで、設備投資と部品需要の地図が描き替わる。
2025年の世界EV販売は2000万台超で新車の約4分の1(25%)を占めた。シェアは中国約55%・欧州28%・米国10%未満と地域差が大きく、バッテリーセル生産は中国が80%超を担う(IEA Global EV Outlook 2026, 2026、海外データ。日本へ直輸入はしない)。内燃機関前提の系列が組み替わる震源。
サプライチェーン再編・関税・市況という常時変動
第二の震源はサプライチェーン再編だ。中国依存の低下を背景にASEAN諸国での生産が拡大する一方、本格的な国内回帰(リショアリング)は進んでいないとの観察もある(RIETI, 2023)。政策面では、サプライチェーン対策の国内投資促進補助金(強靱化枠)の補助上限が1社あたり5億円に設定され(経済産業省, 2025)、通商白書2025年版はサプライチェーンの強靱性と重要鉱物の確保を日本製造業の重要課題に位置づけている(経済産業省 通商白書2025年版, 2025)。第三の震源は関税と素材市況だ。米国は1962年通商拡大法232条に基づき、2025年3月に鉄鋼・アルミに一律25%の追加関税を発動し、同年6月4日からこれを50%へ引き上げた(JETRO ビジネス短信, 2025)。日本の対米鉄鋼輸出はコスト構造への直接圧力となる。アルミは2026年5月時点でLME平均3666ドル/トン(スポット約158円で換算すると約580円/kg)と4年超ぶりの高値水準に達した(日刊鉄鋼新聞 Japan Metal Daily, 2026)。
第四の震源は為替とQCD要求、そして環境規制だ。円安は大企業の経常利益を押し上げる一方、輸入原材料コスト上昇は中小製造業に逆風となり、企業規模で損益への影響が逆向きになるとの試算がある(みずほリサーチ&テクノロジーズ, 2024)。企業の2025年度の平均想定為替レートは全業界平均で1ドル=139円64銭、製造業はおおむね140円台だった(帝国データバンク, 2025)。環境規制では、EUの炭素国境調整措置(CBAM)が2026年1月から本格適用され、鉄鋼・アルミ等の対象品目で炭素排出量に応じた証書の購入・提出が義務化された(JETRO・経済産業省, 2026)。国内でも大手OEMがサプライヤーにScope3削減を要請し、ホンダは主要部品メーカーに2019年度比で毎年4%のCO2削減を求めている(日経ESG・ニュースイッチ, 2024)。CO2削減は、いまや技術承認の隠れた要件になりつつある。
製造業の需要は、営業の汗ではなく、電動化・再編・関税・市況・環境規制という五つの震源で動く。しかもこれらは「一度学べば終わり」ではない。改定は周期で来て、関税は政権で変わり、市況は四半期で動く。震源の最新を持てているかが、設計に食い込めるかを分ける。
だから効く営業/効かない営業 — 製造業固有の勝ち筋
ここまでの三軸——階層化した商流、設計と購買の二段関門、五つの外部震源——を踏まえると、製造業で効く営業と効かない営業の輪郭がはっきりする。効かないのは、購買フェーズに価格と熱意だけで臨む営業だ。設計の要求仕様が固まった後に「同等品をもっと安く」と差し込んでも、既存サプライヤーの粘着性と相見積の力学に飲まれる。価格転嫁すら自動車サプライチェーンでは約1割が「全くできず」という構造(帝国データバンク, 2024)のなかで、後発が値段だけで勝てる余地は薄い。汎用の営業論が製造業で空回りするのは、この業界が「課題を引き出して価値を提案する」前に、技術承認という別の関門を持っているからだ。
効くのは、設計が要求仕様を固める前段で、技術的具体性を持って食い込む営業だ。それは相手の設計部門が今どの技術トレンド(電動化、軽量化、CO2削減、半導体実装)を追い、何を次の要件にしようとしているかを、こちらが先に読めていて初めて成立する。電機・電子では、セットメーカーが「部品の共通化」「集中購買」「仕入先選別」でコスト削減を図る一方、技術部門の反発で共通化が進まないケースが多いとされる(電気・電子・機械のM&A(electro-ma.com), 2024)。これは裏を返せば、技術部門の論理を理解して設計に入り込めるサプライヤーには、購買の共通化圧力に抗う余地が残るということだ。素材では、化学産業の機能性素材分野が顧客との綿密なすり合わせで高い競争力を維持しているとされる(経済産業省製造産業局素材産業課, 2021)。すり合わせに入れるかどうかが、コモディティ化の防波堤になる。
商流の階層ごとに、勝ち筋は別物
- OEMの設計に食い込む:技術トレンドの先読みと評価データで、要求仕様が固まる前に前提として組み込まれる。最も粘着性が高く、最も難しい。
- Tier1の調達に入る:QCDとScope3削減(CO2削減要請)への対応力で選別を勝ち抜く。OEMの環境要請が下流へ伝播する流れを読む。
- 商社経由で末端に届ける:半導体・電子部品・鉄鋼の多層商社構造を飛ばさず、結節点の在庫の力学と与信を味方につける。
- 市況・関税の局面を読む:素材価格・為替・関税が動く局面では、供給安定性そのものが提案価値になる。安さより「切らさない」が刺さる。
注目すべきは、これらの勝ち筋が自動車・電機・素材・産業機械でそれぞれ別物だという点だ。自動車はEV/GXで系列が組み替わる最中にあり、工作機械は2024年の外需比率が暦年実績で初めて70%超(70.3%)に達し、外需のうち中国向けが前年比23.0%増、欧州向けが19.1%減と地域でばらける(日本工作機械工業会(JMTBA), 2025)。産業機械の内需は2024年度に3兆7477億円(前年度比5.1%減)と落ち込んだ(日本産業機械工業会(JSIM), 2025)。同じ「製造業向け営業」でも、担当が自動車か工作機械か素材かで、読むべき震源も食い込む関門も違う。
効く営業は、購買で値段を競う前に、設計で前提になる。効かない営業は、設計の決着を知らずに購買へ突撃する。その差は熱意ではなく、相手の技術部門が次に何を要件化するかを先に読めているかどうかだ。
汎用の型は使い回す — 固有なのは「前提」のほうだ
ここで一つ、誤解を解いておきたい。製造業が特殊だからといって、営業の型まで一から作り直す必要はない。商談前の準備、競合の動きの把握、コモディティ化への抗い方——こうした営業のHOWは、業界をまたいで使い回せる汎用資産だ。製造業に固有なのは、その型に流し込む「前提」のほうである。設計に食い込む順序も、二段関門の越え方も、突き詰めれば汎用の営業プロセスに、製造業という業界前提を正しくセットした結果にすぎない。型と前提を切り分けて考えると、どこに業界特化の知識が要るかが見える。
たとえば商談前のブリーフィング。相手の設計部門が今どの技術トレンドを追い、どの要件を固めようとしているかを30分で読み解く作業は、汎用のブリーフィング設計に製造業の前提を載せたものだ。その一枚の組み立て方そのものは商談前30分のブリーフィング設計に詳しく、ここでは繰り返さない。同じく、既存サプライヤーの粘着性をどう崩すか、相見積で当て馬にされない位置をどう取るかは、競合の動きを読む技術——競合インテリジェンスの応用だ。本稿はそこへ製造業の文脈を足すだけでよい。
営業の型(商談準備・競合把握・脱コモディティ)は業界をまたいで使い回せる。製造業に固有なのは、その型へ流し込む「前提」——設計と購買の二段関門、系列の粘着性、五つの震源——のほうだ。
そしてもう一つ、製造業の営業が直面しやすいのが「結局、価格で比較される」というコモディティ化の罠だ。設計に入れず購買のテーブルでだけ戦うと、提案はスペックと値段に還元され、堀が消える。これをどう防ぐかという構造論——差別化の重心がどこへ移るのか——は誰でも作れる時代に、何が「堀」になるのかで正面から扱っている。製造業に引きつけて言えば、機能性素材のすり合わせや、設計段階での技術的具体性こそが、価格比較から逃れる堀になる。汎用の堀の理論に、製造業の具体を重ねればいい。
このシリーズ全体の見取り図——各業種がそれぞれどんな商流・買い手構造・震源を持つか——は親ガイドの業界別B2B営業ガイドにまとまっている。隣の金融や物流が、製造業とどれだけ違う配線をしているかを眺めると、製造業の「前提」の輪郭が逆に見えてくる。営業生産性そのものをどう上げるかという土台の議論は、親ピラーの日本の営業生産性はなぜ低いのかに譲る。本稿の役割は、その汎用の土台に、製造業という業界前提を最も鋭く差し込むことにある。
製造業を「常時・最新」で読み続ける負荷 — 自社専用シンクタンクという解
ここまで読んで気づくのは、製造業に売り続けるために必要な知識の「量」と「鮮度」だ。設計に食い込むには、担当セグメントの技術トレンドを先読みしなければならない。だがそのトレンドは止まらない。EV/GXで系列が組み替わり、関税は政権で変わり、素材市況は四半期で動き、CO2削減要請は年々強まる。ホンダが部品メーカーに毎年4%のCO2削減を求める(日経ESG・ニュースイッチ, 2024)ように、要件は更新され続ける。CBAMは2026年から本格適用され(JETRO・経済産業省, 2026)、デジタルプロダクトパスポート(DPP)も2026年以降EUで順次導入される見通しだ(環境省・経済産業省, 2025)。設計に食い込むための「前提」は、一度学んで終わりにできない。
しかも製造業は一枚岩ではない。自動車・電機・素材・産業機械で、商流の構造も設計トレンドも別物だ。工作機械の外需が中国向け増・欧州向け減でばらつき(日本工作機械工業会(JMTBA), 2025)、半導体製造装置で日本企業が高い世界シェアを保つ一方、自動車部品はEVで需要地図が描き替わる。担当する一つのセグメントを常時・最新で読み続けるだけでも重い。それを複数セグメント、あるいは複数業界分まで一人で維持するのは、現実的に不可能だ。買い手はAIで武装して会う前に課題を固め、設計の前提はこちらが調べ終える前に動いている。営業個人の前夜の調べ物では、もう追いつかない。
設計に食い込むには、担当セグメントの技術動向と再編を常時追い続けるしかない。だがその負荷は、優秀な営業一人の可処分時間を超えている。問題は努力量ではなく、最新を維持し続ける「機能」が組織にあるかどうかだ。
ここで分業の発想が効く。技術トレンド・政策・市況・規制改定の網羅と収集——膨大な公開情報を絶やさず集める作業は、AIが速く、安くなり続けている。だが集めた情報を、自社の担当セグメントの文脈で読み解き、「この要件変更は、うちのどの部品の設計食い込みに効くか」へ翻訳する作業は、事業を知る人にしかできない。AIの出力は事実でない内容を自然な文章で出すことがあり、そのまま設計提案の前提にはできない。網羅・収集はAI、検証・読み解き・翻訳は人間——この二層分業をどう回すかはAIリサーチはどこまで信頼できるかで詳しく扱っている。製造業の震源は変動が速いぶん、検証の層がないと誤った前提で設計に突っ込むリスクが高い。
担当セグメントの技術動向・政策・市況・規制を網羅・収集する層はAIが担い、それを自社の設計食い込みの文脈へ検証・翻訳する層は人が担う。この二層分業を常設で持つことが、製造業で設計に食い込み続ける条件になる。
この「網羅はAI、検証・翻訳は人」の二層分業を、担当業界に特化して常時稼働させる機能——それを自社の中に持つ、という発想が、自社専用のバーチャル・シンクタンク(VRI)だ。外部の調査会社は汎用の業界レポートは出せても、貴社が今どのOEMのどの設計案件に食い込もうとしているかは知らない。その文脈に紐づけて震源を読み解く作業は、自社の内側にしか置けない。こうした社内インテリジェンス機能をどう立ち上げるかは社内シンクタンクの作り方に、製造業セグメントを継続的に調べ続ける手順は業界リサーチの進め方にまとめている。製造業に売り続けるとは、設計に食い込み続けることであり、それは担当セグメントの最新を絶やさず読み続ける機能を、組織として持つことに等しい。ご相談や全体像はナレッジ一覧から辿れる。
よくある質問
製造業の「設計と購買の二段関門」とは具体的に何ですか。なぜ営業はそこで負けるのですか。
製造業の購買意思決定は、部門の分かれた二段の関門に分かれています。第一の関門は技術承認で、設計・開発部門がその部品・材料・装置を自社製品に「使えるか」を技術要件・品質基準・評価データで判定します。第二の関門は価格交渉で、購買・調達部門がコスト・納期・供給安定性を詰めます。この二つは部門が分離し、それぞれが拒否権を持つため、片方だけを口説いても通りません。営業が負ける典型は、設計の要求仕様が固まった後に購買フェーズへ価格と熱意だけで臨むケースです。設計段階で前提として組み込まれること(デザインイン/spec-in)を取れなかったサプライヤーは、購買では「同等品をいくら安く出せるか」だけを問われ、既存サプライヤーを安くするための相見積もりの当て馬にされます。BtoB大型購買では、買い手は営業に接触する前に検討の多くを自力で進めているため、購買で初めて登場した時点で勝負はおおむね終わっているのです。
OEM・Tier1・Tier2のどの階層に売るかで、営業はどう変わりますか。
商流のどの階層に立つかで、誰に売り、誰の都合に縛られ、どの価格交渉力を持つかがまるごと変わります。国内自動車メーカー10社のサプライチェーン企業総数は推計6万8485社、トヨタ1社でもTier1が2306社・Tier2が2万2334社・Tier3以降が1万6040社と階層化しています(帝国データバンク, 2024)。OEMの設計に食い込む営業は技術トレンドの先読みと評価データで前提に組み込まれることを狙い、最も粘着性が高い代わりに最も難しい。Tier1の調達に入る営業はQCDとScope3削減(CO2削減要請)への対応力で選別を勝ち抜きます。素材・電子部品・鉄鋼では商社が結節点として介在し、半導体・電子部品商社は二次・三次を含め多層構造を持つ(electro-ma.com, 2024)ため、商社を飛ばす道は限られます。さらに自動車サプライチェーンの76.5%は売上高10億円未満で、価格転嫁の力関係も階層で逆になります(帝国データバンク, 2024)。
製造業の需要を動かす外部ドライバーには何がありますか。
主に五つの震源があります。①EV/GXシフト——世界EV販売は2025年に新車の約4分の1(25%)を占め(IEA, 2026、海外データ)、内燃機関前提の系列が組み替わっています。日本政府も2035年に乗用車の新車販売で電動車100%を目標としています(経済産業省・資源エネルギー庁, 2025)。②サプライチェーン再編・国内回帰——強靱化枠の補助上限は1社あたり5億円(経済産業省, 2025)。③関税——米国の鉄鋼・アルミ追加関税は25%から2025年6月に50%へ引き上げられました(JETRO, 2025)。④素材市況・為替——アルミは2026年5月にLME平均約580円/kgの高値(日刊鉄鋼新聞, 2026)、企業の2025年度想定レートは全業界平均で1ドル139円64銭(帝国データバンク, 2025)。⑤環境規制——大手OEMがScope3削減を要請し、ホンダは部品メーカーに2019年度比で毎年4%のCO2削減を求めています(日経ESG・ニュースイッチ, 2024)。これらは一度学べば終わりではなく、政権で変わり四半期で動くため、常時アップデートが要ります。海外の数値は日本へ直輸入せず傾向の参照として扱っています。
自動車・電機・素材で営業の勝ち筋は同じですか。
いいえ、別物です。同じ「製造業向け営業」でも、担当セグメントによって商流の構造も設計トレンドも読むべき震源も異なります。自動車はEV/GXで系列が組み替わる最中にあり、エンジン部品で築いた地位がEVでは需要そのものを失う領域があります。電機・電子ではセットメーカーが部品共通化・集中購買・仕入先選別でコスト削減を図る一方、技術部門の反発で共通化が進まないケースが多く(electro-ma.com, 2024)、技術部門の論理を理解して設計に入り込めるサプライヤーには余地が残ります。素材では機能性素材分野が顧客との綿密なすり合わせで競争力を維持しています(経済産業省製造産業局素材産業課, 2021)。工作機械は2024年の外需比率が暦年実績で初めて70%超(70.3%)に達し、外需は中国向け前年比23.0%増・欧州向け19.1%減と地域でばらけます(日本工作機械工業会, 2025)。担当が自動車か工作機械か素材かで、食い込む関門も先読みすべきトレンドも変わります。
製造業を常時・最新で読み続けるのに、なぜ自社専用のシンクタンクが要るのですか。
設計に食い込むには担当セグメントの技術動向・政策・市況・規制を先読みし続ける必要がありますが、その前提は止まりません。系列はEVで組み替わり、関税は政権で変わり、素材市況は四半期で動き、CO2削減要請は年々強まります(CBAMは2026年から本格適用、DPPも2026年以降EUで順次導入見通し/JETRO・環境省・経済産業省)。しかも自動車・電機・素材・産業機械で構造が別物のため、一つのセグメントを常時最新で維持するだけでも営業一人の可処分時間を超えます。解は分業です。膨大な公開情報の網羅・収集はAIが速く安くなり続けますが、AIの出力は事実でない内容を自然な文章で出すことがあり、そのまま設計提案の前提にはできません。だから網羅・収集はAI、検証・読み解き・自社の設計食い込み文脈への翻訳は人、という二層分業(詳細は『AIリサーチはどこまで信頼できるか』)が要ります。外部の調査会社は汎用の業界レポートは出せても、貴社が今どのOEMのどの設計案件に食い込もうとしているかは知りません。その文脈に紐づけて震源を読み解く機能を、担当業界に特化して常時稼働させる——それを自社の内側に持つのが、自社専用のバーチャル・シンクタンクの発想です。